9月27日礼拝メッセージ「罪の赦しの福音」要旨
「罪の赦しの福音」(使徒行伝13章26節~41節)
神は、この人数の中から、私たちを救い出そうとするとき、新しい人数のグループを救い出す新しい絆をお定めになりました。
それが、イエス・キリストを信じる信仰の絆です。それは、ちょうど船が沈没して、大海原の真っ只中に放り出された哀れな乗客たちのところへ、救助船が来てロープにしっかりと結び付けられたイエス・キリストという浮き袋が投げ込まれたようなものです。滅びゆく人々の中で手を伸ばしてこの浮き袋に自分の身を預けこれをしっかり捕まえている人は、救われます。この浮き袋であるイエス・キリストを信ずる人々は皆、浮き袋を中心にして集められ、救い上げられ、もう、彼らを飲みつくそうとする荒波の恐怖、死の恐れからは、永久に解放されるのです。
この浮き袋を中心とするグループに信じて加わらない人は、滅びてしまうのです。もし、イエス・キリストというこの浮き袋がなかったら、私は本当にこの荒波を及び抜けるだろうか。
もし、あのイエス・キリストが生きてくださった人生がこの私のためで無かったとしたら、もし、イエス・キリストのみことばがこの私あてに語られた慰めの言葉でなかったとしたら、そしてもし、イエス・キリストがあの十字架で私の身代わりに罪を処理していて下さったのでなかったとしたら、それでは私は一人で生きて行けるのだどうか。私は一人で死んで行けるのだろうか。もし、イエス・キリストを私の救い主と信じなければ、私の人生も、世界も何もかも結局は分からぬことだらけになるのではないか。
要するに、私が生きるということはイエス・キリストを救い主と信じることなしでは、考えられないことではないだろうか。主、イエス・キリストがこの世に誕生してくださったことによって、世界も歴史も、人生の意味も全く変わりました。
このイエス様が与えてくださったどんな時にも変わらない救いの喜びを味わいながら、又これからも神様がどのように導いて下さるのかを楽しみ励んで行きたいものです。
9月20日(日)礼拝メッセージ「神の平安」要旨
「神の平安」(詩篇121篇1~8節)
詩篇の121篇は、まさに、救い主そのものであられる神について述べられています。
ここで、教えられることは、私たちの人生における苦しみの中でも、最後の最大の敵である残酷な死でさえも、強力な力を持っている死でさえも、最終的な支配者ではないと言うことです。私たちには、自分を委ねることの出来る一人の主がおられるのです。
(天地を造られた主)がおられます。あらゆる勢力にまさる主、全能の主がおられるのです。このことこそ、私たちに必要な慰めです。
(慰め)というのは、聖書の言葉使いによれば、文字通り「深い息をつく、安堵する」ということです。神の与えらてくださる自由な空気の中で、私たちは深い息をつくことが出来るのです。
主が生きておられるということ、主が私たちのことの全部を引き受けて下さっているということ、このような確信を得、私たちは安堵するのです。それというのも、すぐつけ加えてもう一つのことが即ち、神は全能であられるだけではなく、私たちの事情をすべてご存知の上で、私たちの益となるように好ましいように、整えて下さるために、その御力を全部用いてくださるということがあるからです。
神はどんな時にも必ず私たちを助けてくださいます。そして、この神が、私たちの人生に介入してくださり、私たちを救い出して、下さるお方として存在しておられるということ、そのことが、私たちにとっての助けなのです。ですから、この全能の神に目を上げ、この方に取りすがり、この方に期待することが出来るのです。この方に、委ねることのできない心配事などありません。この方が取り除いてくださらない罪などない。この方が抜け出させてくださらない死などもありません。
ここで述べられていることは、あなたには人生において、危険なところを通ることがあるかもしれない。私たちの人生は皆、いつも深い奈落の底を通っているのではないか。しかし、そこには、神のみ手があります。その神のみ手があなたを支え、あなたを保っている。だから、あなたの足がよろけることはないのです。しかも、私たちの命は、既に安全な場所に移されているのです。私たちは皆、そのことを既に、経験させられて来たではないでしょうか。どんな困難なときにも、恵みの神があなたの上に翼を火遂げてくださったではないでしょうか。常にあなたを覆うみ翼がある。あなたを導くみ手がある。「わたしは、決してあなたを離れず、あなたを捨てない」(ヘブル人への手紙13章5節)とおっしゃっています。
9月13日(日)礼拝メッセージ「神の恵みによる救い」要旨
「神の恵みによる救い」(使徒行伝13章13節~25節)
カウンセリングの方法の一つに、自己評価採点法というのがあります。
特に悲観的な性格の人、自信を失っている人、劣等感で悩んでいる人に勧められている効果的な方法です。それは、どういう方法かと言いますと、一枚の紙を渡して、出来るだけ沢山自分の長所、恵まれているところを書いていただきます。毎日、毎日の生活の中で自分の良い点、長所、めぐまれていることを注意して、もし、なかったら、無理にでも探して数え上げ、並べ続けるうちに、段々と自信がついてきて自分という者を改めて見直す心が取り戻せるからです。
これは、聖書的な方法です。私たちの悪いところ、欠点、短所、罪とが等をイエス様は、全部十字架につけてくださったのです。私たちが自分を勝手なことをいい、わがままを通していたときにも、神様は、そのような私たちの無理な要求にも答えて多くのものを、私たちの思いにまさる良きものをお与え下さったことを覚えたいのです。
その神様の真実を、ご愛として私たちに対するご忍耐を知る時、又、私たちはもう一度立ち上がることが出来るのです。
今、特に神様や、キリストの恵みが遠のいたように思っていらっしゃる方、信仰のスランプを体験していらっしゃるクリスチャンの方があるならば、どうか、神様との恵みをもう一度数えていただきたいのです。何か毎日がマンネリズムで嫌気がさしている倦怠期のクリスチャンの方があるならば、意識的に無理にさがしてでも、神様の恵みを数えて書き出してほしいのです。
そうすれば、その恵みの結晶ともいうべき救い主イエス・キリストを与えられていることへの感謝が、もう一度わき起こってくるはずです。




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