12月28日(日)礼拝メッセージ「神の平安」要旨
「神の平安」(ピリピ人への手紙4章4節~7節)
パウロは、ピリピの町に住む人たちにあてた手紙の中で心配な時にすべきことを教えています。
それは、自分の弱さに負けないで積極的に行動して心配に打ち勝つことです。パウロは、ピリピの人たちに(何も思い煩わないで)いなさい、と語りました。これは、イエス様が山上の説教でおっしゃったことと同じです。何を食べようか、何を飲もうかと、自分の命のことで思いわずらい、何を着ようかと自分のからだのことで思いわずらうな。(マタイによる福音書6章25節) ここで、イエス様は、心配が何の役にも立たないという事実を明らかにされましたが、パウロは心配するかわりに祈りなさいとピリピの人たちに語っています。神様に向かって、助けてくださるように確信を与えてくださるように、そして、新しい道を開いてくださるようにお祈りしましょう。そして、何よりも神様にしかできない不思議なことを、奇跡を起こしてくださるように願い求め、期待してまいりましょう。
先行きを思うと不安で心が押しつぶされそうになることがあるでしょうか。そうしたら、神様に祈りましょう。「神様、私は今恐れています。そのことが不安で心配なのです。」と素直に主に打ち明けて祈りましょう。そして、その恐れ、心配、不安のすべてを神様にお委ねしましょう。
お金がなくて困ったら「神様、経済的な必要を満たしてください。」と祈りましょう。そして、そのあとは、いつまでもくよくよしてはいけません。神様があなたの祈りを聞かれえるからです。
イタリアのある町の道端にごつごつした大きな岩が転がっていました。「こんなところに何という邪魔な岩だろう。」長い間、人々はそう思いながら、そこを通り過ぎていました。
ところがある日、一人の男がそこを通りかかり、岩の前に立ち止まって、じっとその岩を眺めていましたが、何を考えたのか、彼は人に頼んでその岩を自分の家に運び込みました。
しばらくして、何とその岩から世界的な名作「ダビデ」の巨像が彫りだされたのです。岩を運んで彫刻したのは、イタリア・ルネッサンスを代表する巨匠ミケランジェロでした。彼は、上辺はごつごつした何の変哲もないひとつの岩を見ました。けれども彼の心の目には、その中に旧約聖書に登場する青年ダビデの姿を見ていたのです。
このように、問題の中にはすばらしい可能性が秘められています。どんな問題の中にも、初めから完全な解決の鍵が隠されているのです。だから、何も心配することはないのです。
12月21日(日)クリスマス礼拝「すばらしい喜びの知らせ」要旨
「すばらしい喜びの知らせ」(ルカによる福音書2章1節~14節)
ベルガーコンスタンツというドイツのお嬢様がいました。彼女は、1年余り前にまだ、結婚したばかりなのですが、その時のお話です。
結婚を数ヵ月後に控えて彼女はしばらくロンドンに滞在していました。毎日通る道に面したお店のショーウィンドウにとてもすばらしいウェディングドレスが一着飾ってありました。それを見るたびにに、この見うるからに高価な素晴らしいドレスは一体誰が着るのでしょうと思っていました。ところが、そこを見ても値札がついていません。あと数日後には帰国するというある日、彼女は思い切ってその店に入り、興味本位で値段を尋ねてみました。お店の女主人は「ああ、実はこれは売り物ではないんですよ。私は、このドレスがぴったりの人を待っているのですが、まだ、現れません。もう、2年近くもここに陳列しているんです。」というのです。
そして、ふと驚いたように、女主人がいいました。「ひょっとして、あなたにぴったりかも知れないわ。もし、良ければ一度着てもらえないでしょうか。」店の女主人にそう言われて、小柄なベルガーさんはそのドレスを試しに着てみました。すると、どうでしょう。彼女のために特別にあつらえたような寸分違わないぴったりのドレスでした。喜んだのは、むしろベルガーさんではなくて、この店の女主人でした。それを買えば高価でベルガーだんにはとても手の届くような品物ではありません。しかし、もしよろしかったらというということで、ほんのわずかの金額で彼女はそのドレスを譲り受けました。数ヶ月後彼女はドレスを着て結婚したのです。
ドイツ人の中でも、本当に小柄な彼女はおそらく子供服売り場でしか彼女にぴったりのものは見つけられなかったでしょう。そんな彼女にしか合わないドレスが合ったのです。それも高価で値段のつけようもない程素敵なドレスでした。
このように、神様はいつも私たちにぴったりと必要なものを常に与えるお方です。そして、オーダーメイドされた救いというドレスを、私たち一人一人に与えるために神様は、イエス・キリストをこの世に送られたのです。人々からは、無視され、存在さえ忘れ去られている馬小屋というところでの誕生でした。しかし、あなたにしかない服を、それも値段をつけることのできない程の高価な服をプレゼントして下さる為にお生まれになったのです。
誰からでも忘れ去られ、又、無視されている人々に苦しみと悲しみに明け暮れている人々に、私たち一人一人に救いをもたらす為に来られたのです。神様からプレゼントです。




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